会社概要

伝統をイノベーションし、
新しい価値を創造する。

弊社「マザーブランド株式会社」の源流である「横井商店」は、

石川県の能登で約500年の歴史を持つ「松波米飴」のメーカーです。

「祖母が父にバトンを繋いだ松波米飴の技術を後世に残したい。」

そんな想いから、それまで父が経営していた「有限会社北陸開成」を

組織変更および商号変更して、「マザーブランド株式会社」を立ち上げました。

マザーブランドのmotherという言葉には「母」のほかに、
「生み出す」という意味があります。

世の中の製品・サービスをブラッシュアップして

今までにはない新しいブランド(価値)を生み出して育てていく。

「マザーブランド」という社名にはそういう思いが込められています。

現在の成熟産業にも後世に残すべき技術や製品は沢山あります。

ただ、そのままでは、後世に残せないかもしれない。

そんな技術や製品にイノベーションを加えることにより新しい価値を創出し、

後世に残すべきかけがえのない財産になる。そこに大きな可能性を見出しました。

「マザーブランド株式会社」はこれから50年、100年、そして500年先の未来の人々のために。

かけがえのない技術および製品、サービスを創造していきます。

マザーブランド株式会社
代表取締役社長 横井 裕貴

社長学歴

1998年4月 近畿大学法学部経営法学科入学
1999年9月 近畿大学法学部経営法学科 中退
2010年4月 放送大学教養学部社会と産業のコース入学
2016年3月 放送大学教養学部社会と産業のコース卒業

社長職歴

トヨタ自動車株式会社 本社工場第1機械部第1機械課所属
※アルバイトで名古屋市レインボーホールで開催されたジャニーズ事務所の嵐の楽屋等の警備に1週間従事する。
株式会社デンソー安城製作所所属
株式会社NTT西日本-北陸 お客様コンサルティングセンタ所属
株式会社カティンディーン所属
※天皇陛下のご息女である愛子さまが通学されている学習院中等科•高等科内の安全確保の為の校内警備に従事する。

生い立ち

横井家の次男として生まれる。兄弟は、兄と弟。2人も生まれつき重度の脳性麻痺があり、誰かの助けがないと生きられない。幼少の頃より、母が兄弟を介護するのを近くで見て育ったため社会福祉政策について強い関心がある。

社長コラム

米飴は発酵食品なのか(令和元年9月9日)

発酵とは、微生物の作用によって有機物が分解され、より単純な物質に変化する反応である。国内の殆どの米飴工場は、微生物のいない環境で製造されているので、ただの糖化であり、発酵食品ではないと考えられる。本日のフジテレビ系列の全国放送を視聴していただいた方は想像できると思いますが、横井商店の飴工場は昔ながらの工場で微生物と共存しています。故に横井商店の松波米飴は全国でも稀な糖化発酵食品であると言えます。その証拠に麦芽を入れてから12時間程で熱を入れて強制的に発酵を止めていますが、そのまま糖化液を常温で保存すると発酵が進みます。本来、日本の米飴は糖化発酵食品であった言えるのではないでしょうか。実は、現在の米飴は麦芽酵素で糖化しているのでグルテンフリーではないのですが、日本に大麦が輸入される前(約1700年前)の米飴は発芽玄米中の酵素で糖化されていたのでグルテンフリー食品だったのです。私の推理では大麦は戦略思考で大陸から輸出されたと考えております。人は弱い生き物でついつい安易な選択をし続ける生き物です。発芽玄米の酵素は麦芽の酵素に比べて大変糖化効率が悪いので、日本に大麦が輸入されると、あっというまに国内の米飴は麦芽糖化に変わりました。一度、途絶えた伝統や技術は簡単には復元できないものです。

松波米飴の起源について

松波米飴の歴史は文明6年(1475年)の松波城築城から始まりました。松波城は室町幕府の足利将軍から能登守護を任されていた能登畠山氏3代目当主畠山義統氏の3男とされる畠山義智氏により築城されました。横井家は築城当時から城主畠山氏に仕える武士の家系で菩提寺の東堂曰く、先祖の法名から今でいう人事部長の役割を代々担っていたと思われます。

今も500年前も変わらないもの

500年前、私達は米飴を稲作文化の象徴として位置付けていました。里山の保全なくして米飴は作れません。米飴は主原料がうるち米です。実は代々私達は米飴作りを継承する事で生命の源である水源を守っていたのです。1574年に松波城は城址になりましたが、脈々と代は途切れることなく続き松波城主18世畠山一清氏は戦後、国産ポンプを発明して日本の上水道を外国資本から守りました。畠山一清氏※1の功績は高く評価され恩賜発明賞(おんしはつめいしょう)※2別称「畠山一清賞」。として現在でも個人の名前が冠られています。受賞者は皇室の下賜金を拝受する、同表彰の最高賞である。その次の賞が内閣総理大臣賞。

最後に室町時代の統治者である私達が伝えたい今も昔も変わらないこと、それは私達の身体の60%以上は水で構成されているということ。だから、私達はこれまでの500年同様、今後500年後も米飴作りを通して生命の根源である水源を守りたいと思っております。そのためには、里山の永続的な維持以外には成し得ないのです。

※1畠山 一清(はたけやま いっせい、1881年12月28日 – 1971年11月17日)は、日本の実業家、機械工学者。株式会社荏原製作所の創立者。石川県金沢市出身。
松波城主18世。
1881年(明治14年)、金沢で能登の守護大名・能登畠山氏の血筋を引く家系に生まれる。東京帝国大学機械工学科を卒業後、1912年に恩師の井口在屋と共同でゐのくち式機械事務所を創業した。1920年(大正9年)にはポンプ販売の事業を発展させて荏原製作所を設立した。
第二次世界大戦後に貴族院議員(勅選議員)となり、貴族院の廃止まで務めた。また後に発明協会の会長を務め、恩賜発明賞の別称「畠山一清賞」に名前を残している。畠山は「即翁」の号を持つ数寄者としても知られており、益田鈍翁らと交流を持った。茶器や能道具など、畠山が収集した数多くの美術品は東京都港区にある畠山記念館に収められている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

※2は社団法人発明協会が主催する全国発明表彰の賞。

令和元年9月9日 重陽(ちょうよう)の節句に寄せて

『人口爆発(世界)×少子高齢化(日本)の今のタイミングでしかできないイノベーションで日本に再びノーベル平和賞を』

日本の耕作放棄地は現在約40万ha、これは琵琶湖の面積の約5.7倍に当たります。1ha辺り6トンのお米が収穫できると仮定すると40万×6トンは240万トン。日本人の年間お米消費量が650トン程なので2000万人位の1年間の食料になる。私達、日本人は耕して種を植えれば2000万人を養える豊かな国土を持ちながら、この豊かな農地を放置しているのです。もったいないと思いませんか。まだ、プロジェクトの詳細についてお知らせできませんが、2021年3月末をめどに『日本に再びノーベル平和賞を持ってくる実行委員会』(仮称)を立ち上げるために今月から金沢大学能登里山里海SDGsマイスタープログラムの遠隔教育科に在籍しました。地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)。仕組みを作りたいと思います。ノーベル平和賞受賞目標年はSDGs達成目標年度の2030年を予定しております。
実行委員会が立ち上がった後でクラウドファンディングを活用して仲間と資金を集めます。お返しはノーベル平和賞を受賞した後で制作予定の映画のクレジット等を予定しています。先に富んだ私達日本人はマズローの欲求5段階説の自己実現の欲求こそアイデンティティが満たされると私は信じています。
私のフェイスブックで随時、情報を更新していくのでご興味のある方は友達申請お願いいたします。Hiroki Yokoiで検索してみてください。

平成30年11月3日の文化の日に寄せて

この地球に人類が誕生してから、国家間、個人間問わず争いがなかった日は1日もなかったのではないでしょうか。

私は、介護福祉士として3年間、今までこの国を支えてくれた諸先輩方の生活のお手伝いをさせていただきました。

この期間の間に天寿をまっとうされた方も何人もいらっしゃいました。

そこで感じたことは「どんなに豊かな人生を歩んでこられても、最後の1秒が幸せだと感じられなければ、その方の人生には後悔しか残らないことを」

逆説的に言うならば、人生最後の瞬間に、幸せを感じられたらきっとその方の人生は非常に豊かだったと言えるのではないでしょうか。

人類の英知を集めても、地球上に人が2人以上いる限り争いはなくなりません。

では、せめて紛争地域もそうでない地域の人々も同じ1日があるのならば、ベッドに入り眠るその瞬間、今日よりもより良い明日を夢見て眠りにつけるよう、私は残りの人生を費やしたいと考えております。

その心穏やかな日々の積み重ねが人生最後の瞬間の幸せに確かに繋がっていると信じてやみません。

愛情という心のタンクの容量について

私は、地球という星に母の胎内に命が宿ってから、祖父、祖母、父、母、同級生、親戚、ご近所さん、学校の先生等と沢山の方々から愛情をいただきながら育ちました。結果、人一倍、愛情のタンクが大きくなったと自負しています。そんな私でも、消えてしまいたい思うくらいひどく落ち込む時があります。そんな時は、歴代の彼女たちが歌ってくれた歌を一人カラオケで歌うとすぐに愛情のタンクは満タンになります。愛情に恵まれた私が言うのはおこがましのですが、何歳になっても愛情のタンクの容量は大きくできると考えています。何気ない「おはよう」の挨拶、珈琲店のコーヒーの香り、私たちの日常に溢れる全ての音を自分に対する愛情のサインだと思えたらきっと心は前を向けると思います。だから、私は自分の人生を決して諦めないのであなたも先祖様から脈々と受け継いだ命のバトンを最後まで諦めないでいただけたら嬉しいです。

令和元年11月3日 吉日

マザーブランド株式会社
代表取締役 横井 裕貴

事業内容

  1. 米あめの販売
  2. 食料品の卸、販売
  3. 古物営業法に基づく古物の売買
  4. 中古カメラ等の販売
  5. 法人及び個人を対象としたコンサルティング
  6. ビジネススクールの運営
  7. 前各号に付帯関連する一切の業務
社名
マザーブランド株式会社(MotherBrand.co.ltd)
本社
〒927−0602
石川県鳳珠郡能登町字松波12−93−3
代表者
代表取締役社長 横井 裕貴
設立
平成4年4月2日
資本金
6百万円

こめあめ対談