松波米飴とは

松波米飴の伝承

松波米飴

松波米飴は能登町松波地域で500年以上前から作られる米飴です。
奥能登地方のそのまま食べても美味しいうるち米と石川県産の大麦だけで天然甘味の米飴は作られます。
消化吸収がよく昔からお乳の出ないお母さんが子供に食べさせるなど離乳食として重宝されました。
米飴の歴史は古く、日本書紀に日本で初めてのお菓子として記述されています。

米飴は当時の人々にとってとても貴重な甘味料でした。
松波米飴の歴史は古文書によると戦国時代松波城主畠山氏が飴職人を呼び寄せて始めたのが起源とされています。
松波米飴は戦前までは各家庭で作られるおふくろの味でした。
しかし、現在では横井商店だけが松波米飴を製造しています。

横井商店は祖父である横井三代吉が1924年4月(大正13年)に町の萬屋として創業しました。
母の里マより米飴製造方法を教わり他界するまで約50年間伝統製法を守り続けました。
三代吉が他界後は祖母のヨシ子が米飴作りを守りました。
そして現在、父の千四吉が米飴作りを行っています。

これからも横井商店では500年前に伝承した松波米飴を家族みんなで守り続けたいと考えています。

松波米飴の製法

松波米飴の製法

米飴の材料は、地元で採れたうるち米と「おやし」のみ。とてもシンプルです。「おやし」とは、大麦の麦芽を粉にしたもの。

うるち米を蒸して「おやし」を加え、一晩寝かせて醗酵させます。これを麻袋に入れて絞った汁を直径1mはある大釜に入れて、じっくり煮詰めること5時間。
釜につきっきりで、しゃもじで何度もすくいながら飴の粘り具合を確かめます。
季節によって温度の具合が微妙に変わります。
通年同じようにするには添加物が必要になりますが、天然素材の無添加にこだわり、飴の固さを「長年の勘」で調整していくのです。

今は、3代目のヨシ子ばあちゃんから後継ぎし、横井千四吉が釜場を守っています。

一子相伝

作り続けることの大事さ

横井商店の商品全体に言える事でもありますが、米飴ピューレのような高級ジャムは、食べてもらえないとその価値をわかっていただけません。
百貨店やマルシェに出店し試食してもらい、社員らが直接消費者とふれあうといった地味な営業活動に努めます。
東京の銀座にある県のアンテナショップでは横井商店の米飴が人気上位にランクされるなど評判も良く嬉しい限りです。

その一方で、地元は少子高齢化が進み、地域経済が低迷しています。横井商店は米飴をはじめとした商品の消費拡大を通して地元経済にも貢献していきたいと考えています。
横井商店は地域と共に社員一同スクラムを組んでお客様が最高に満足して頂けるような素晴らしい商品を今後も作り続けてまいります。